
アトピー性皮膚炎(アトピー)はかゆみを伴う湿疹ができる皮膚疾患で、慢性的な経過をたどることが知られています。患者数は近年増加傾向にあり、厚生労働省の調査によると、2008年35万人だった患者数が、2017年には51万人と16万人近く増加し、実際の患者数は数百万人に至るとも考えられています。
アトピーの特徴として、かゆみや湿疹などの症状が慢性的な経過をたどり、良くなっては悪くなることを繰り返すことですが、慢性的といっても症状の強さや経過は様々です。生後すぐに発症して小学生の頃には治ってしまいその後は症状が出ないで過ごしていけるケースや、逆に一旦は治っていたアトピーが中学生や大学生、大人になった頃に再発してしまい、症状を抑えるステロイド外用剤を使ってもうまくコントロールできないこともあります。
アトピーの湿疹のでき方にも特徴があり、左右対称にできることが多く、顔、首、肘や膝裏などの皮膚が柔らかい部位や擦れやすい部位、またお腹や背中などの体幹部位にできることが知られています。ただの湿疹であればステロイドの塗り薬で抑えればすぐに治りますが、アトピーの湿疹は強いかゆみを伴うことが多く、ひどくなると掻きむしってしまい、ステロイド外用薬を塗っても症状が治るどころか再び掻きむしり、湿疹が悪化し、さらにかゆみがひどくなっていきます。
アトピーは、かゆみを伴う湿疹がメインとなる症状で生命の危機には直結しませんが、かゆみにより夜寝らなくなり日常生活に支障をきたしたり、湿疹ができ赤く腫れ上がり落屑が落ちる肌の状態では生活のQOLが低下していきます。しかも塗れば治ると言われ皮膚科で処方されたステロイド外用薬で治療しても、思い通りにかゆみや湿疹が治らないケースも多く、とても辛い皮膚トラブルなのです。
アトピー性皮膚炎は、一つだけの原因で発症するのではなく、アレルギー体質や肌のバリア機能の異常など遺伝的要因からくるものと、生活習慣や環境面からくる要因が複雑に絡み合い発症することが知られています。その中でも、アレルギーによる皮膚の炎症、肌のバリア機能異常、強いかゆみが、アトピーの悪化に大きく関係していると考えられています。
アトピーを発症する患者さんの多くはアトピー素因というアレルギー体質を持っていると考えられています。アトピー素因とは、ご家族でアトピー性皮膚炎や気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎などのアレルギー疾患を持っており、かゆみや鼻炎、結膜炎などのアレルギー症状を引き起こす免疫グロブリン(IgE抗体)を産生しやすい体質のことをいいます。
皮膚のバリア機能に異常があると、肌は乾燥しやすくなります。乾燥してカサカサの肌になるとかゆみが引き起こされ、また肌が乾燥していると外からの刺激であるダストやダニ、スギやヒノキなどの花粉などの刺激に過敏に反応しやすくなります。汗の刺激や洋服の摩擦なども大きく影響します。また、正常な肌のバリア機能には外敵であるブドウ球菌やヘルペスウイルスへの抵抗力を高める働きがあるので、バリア機能に異常があると細菌やウイルスによる感染症を合併しやすくなります。
そして、バリア機能が低下した状態では、アトピに特有の体の中からわき起こる強いかゆみによって皮膚を掻き壊してしまうことになり、アトピーを悪化させていくことになります。また、過労や長時間労働、睡眠不足、人間関係の悩みなどの心理的なストレスもアトピーの悪化の要因になります。
アトピー性皮膚炎の原因には大きく、アレルギーによる皮膚の炎症、皮膚のバリア機能の異常、強いかゆみが大きく関係しているため、アトピーの治療として、この3つを抑えていくことが治療戦略の中心になります。
まず、アレルギーによる皮膚の炎症を抑えるために、抗炎症効果のあるステロイド外用剤を使い、皮膚の炎症を抑えていきます。また、ステロイド外用剤以外にもタクロリムス軟膏(プロトピック軟膏)のように免疫を抑えていく外用剤もあります。飲み薬として、アレルギーを抑える抗ヒスタミン・アレルギー薬を使いますが、強いかゆみには効果が出にくいケースが多く、ステロイド剤や免疫抑制剤であるシクロスポリン(ネオーラル)の内服が行われてきました。
皮膚のバリア機能の異常に対しては、適切なスキンケアを行っていきます。まず、シャワーや入浴して皮膚をきれいに洗浄して清潔にします。とくに皮膚に掻き傷があるとブドウ球菌などの細菌感染を起こしやすくなっていますし、外用剤として塗った軟膏やクリームは時間と共に汚れになっていくため、石鹸やボディーソープなどを使い、皮膚を洗浄して清潔な状態にすることが大切になります。そして、清潔になった皮膚に保湿剤となるローションやクリームを塗り、壊れたバリア機能をカバーしていきます。
皮膚科の治療は、ステロイド外用剤で皮膚の炎症を抑えることが基本戦略ですが、ステロイド剤は使い始めたときはとても効果があり、症状を十分に抑えていくことができますが、症状が慢性的になりステロイド外用薬を長期間にわたり使っていくと、薬を塗っても強いかゆみを抑えることができず掻き壊してしまい、治っていた湿疹が治らなくなることもあります。また、薬を塗ることでかえってかゆみが増してしまったりするケースもあります。
そして、皮膚科を受診してステロイド外用剤を塗っても症状が改善しないことを訴えますが、状況をいくら説明しても理解してもらえず、もっと薬を塗るように指導されたり、薬の塗り方に問題があると言われ厳しく指導されるケースもあり、アトピーで悩む方にとっては、とても辛い問題となっていました。
その結果、ステロイド忌避と言われるステロイド外用剤を使わない方や使いたくない方、ステロイド剤を使わないでアトピー治療していく脱ステロイド療法が行われる要因にもなっており、医療者と患者の間にできた溝は深く、社会問題とまでなっていました。
そのようなステロイド外用剤の大きな問題を解決するために開発されてきたのが新薬である分子標的薬です。
分子標的薬とは、体の中で炎症を引き起こす特定のサイトカインの働きを抑制することができる生物学的製剤です。アトピー性皮膚炎に対しては、アレルギーを引き起こすサイトカインの働きをピンポイントで抑えることで、アトピーの炎症やかゆみを抑えていくことができると考えられています。
2022年現在、1種類の注射薬(デュピクセント)と3種類の飲み薬(オルミネント、リンヴォック、サイバインコ)が認可されています。そして、新薬による治療効果の医学的な研究と検証が進み、ステロイド外用剤だけによる治療よりも、かゆみ症状を抑え湿疹を治していく治療効果が高いことがわかってきています。そのため分子標的薬は、皮膚科のアトピー治療を大きく変える薬剤となり、「アトピー治療の新時代がきた」とまでいわれています。
また、新薬の外用剤として、コレクチム軟膏(JAK阻害薬)やモイゼルト軟膏(PDE4阻害薬)も開発され、新しい作用機序をもつ外用剤も使えるようになってきています。
新薬である分子標的薬はとても効果がある薬ですが、薬価がとても高いため使用制限が設けられています。標準治療であるステロイド剤を塗っても治療効果が出なかった方にのみ使用し、また分子標的薬を一定期間以上使っても治療効果が出ないケースは使用を中止するなど、新薬の使用については一定の制約が設けられています。
分子標的薬が認可されて数年が経ち、いままでのステロイド外用剤による治療だけでは抑えることができなかったアトピー性皮膚炎の炎症をピンポイントで抑えることができるようになり、「アトピー治療の新時代に入った」と皮膚科の世界ではいわれています。
ところが、今まで症状を抑えることができなかったアトピーの症状を抑えることができるようになったのは素晴らしいことですが、それでも新薬を使って辛いアトピー症状を抑えることができないケースがあります。また、新薬を使い辛い症状が落ち着いていたにもかかわらず、環境の変化、過労や睡眠不足などの負荷やストレスをきっかけにして、急にアトピー症状が悪くなってしまうこともあります。
そしてまた、薬を使ってアトピー症状が治まったので、新薬をやめようと思って注射や飲み薬を中止してしばらく経つと、再び強いかゆみに襲われ、皮膚を掻き壊してしまいアトピーが悪化してしまうこともあります。新薬である薬を使っている間は、かゆみを感じなかったのに、やめたら再び強いかゆみの襲われるのです。そのため薬を使うことを止めようと思っても止めることができず、長期にわたって使い続けていかざるをえなくなるのです。
新薬は劇的に症状が治り、使っている間は症状が全然出ないため治ったと感じますが、やめるとまた症状がぶり返してくるのです。
辛い症状に悩まされて日常生活に支障をきたすほどアトピーの調子が悪い時は、まず辛い症状を抑えることは大切で、普通の日常生活を送れるようにすることはとても重要な治療です。
しかし、あくまで新薬も症状を抑えているだけなので、薬の使用をやめると再び辛い症状がぶり返してしまうことになるのです。
分子標的薬も症状が起きる原因を治しているわけではなく、症状を抑えているだけなのです。
ステロイド外用剤を使って症状を抑えていることと治療効果のでるメカニズムは違いますが、新薬のアトピー症状に対するアプローチはステロイドと全く違いはないのです。
アトピーを悪化させる環境面の要因には、アレルゲンとなるハウスダストやダニ、花粉などのアレルゲンも関係しますが、進学や就職、引っ越しなど環境の変化や、過労や睡眠不足、人間関係の軋轢などの様々なストレスも大きく関係しています。
ストレスというと心理的な側面がクローズアップされますが、ストレスを引き起こす原因となるストレッサーには、気温や気圧の変化、騒音などからくる物理的なもの、薬物や添加物を摂取したことによって起きる化学的なもの、細菌やウイルスに感染したことで起きる生物的なものなどがあると考えられています。また、物理的なものの中には、人間は重力の中で存在し重たい頭を支えないといけないため、頭位や悪い姿勢からくる骨格アライメントの位置異常や筋緊張もストレッサーになります。
人間の脳は、外からの刺激を感じると、刺激の種類に合わせて具体的な反応(風邪を引くと熱が上がるなど)をしますが、それだけでなく、ストレスを感じると刺激の種類に関係なくホルモン系や自律神経系を介して一連のストレス反応が引き起こされます。
短期的にはストレス反応は体を維持していくために大切な役割がありますが、ストレスが長期的に続くと、さまざまな細胞や臓器の不具合がおこり始め、辛い症状やアトピーが悪化する原因になっていくのです。
アトピーを悪化させる要因にはさまざまなストレスが大きく関係しますが、アトピーであることや辛いアトピーの症状自体がストレスとなり、アトピーがさらに悪化していくことになります。
アトピーの調子が悪くなると、強いかゆみのため肌をかき壊すようになり、掻き壊した肌は傷でヒリヒリと痛くなります。掻き壊すと、浸出液がでてベタベタになることもあります。夜、ベッドに入っても強いかゆみに襲われるようになります。一通り掻きむしって、掻き疲れてからでないと眠れませんし、寝入れたとしてもかゆみのために夜中に目が覚めてしまいます。夜寝ている間に掻かないよう手袋をしたり手を縛ったりしても、強いかゆみが襲ってくると掻きむしってしまい、アトピーが悪化するようになります。
アトピーは肌を掻かなければ治ると言われるので、掻かないようにできる限りの努力をしますが、掻くことをやめられません。そして、アトピーが悪化して体調が悪くなっていくと、掻きむしってしまったことへの後悔や掻くことを止められなかったことへの無力感、一生アトピーが治らないのではないかという不安に襲われるようになります。かゆみで眠れない夜は、夜の暗さから不安な気持ちがさらに強くなり、前向きなことは考えられなくなり、鬱々とした気分になります。
アトピーの症状によって赤く腫れ上がった肌や落屑が落ちている見た目は、外見コンプレックスになり、人の視線が気になるようになり、外出することさえもストレスになります。
かゆみによって夜眠れない、そして不安な気持ちや抑うつ状態、炎症が起きた肌の状態や外見は全てストレスとなるのです。
そして、ストレスがかかった状態が続くと、ホルモン系や自律神経の働きによって皮膚のバリア機能が低下していきます。
バリア機能が低下すると、かゆみ過敏の状態になり、強いかゆみが引き起こされやすくなり、アトピーを悪化させる負のサイクルを作っていきます。ますますアトピーが治りにくくなっていくのです。
人間には、ストレスという負荷かがかかったときに反応する仕組みが備わっています。ストレスに反応する仕組みは大きく2つあり、ホルモン系と自律神経系です。
ストレスを感じると、副腎からコルチゾールという副腎皮質ホルモンが分泌されます。副腎からホルモンは分泌されますが、ホルモンを分泌させる指令は、視床下部という脳細胞から出され、脳内の下垂体で中継され、副腎へ指令が伝わり分泌されます。司令塔はあくまで脳細胞で、実行する臓器が副腎ということになります。
この仕組みを、「視床下部―下垂体―副腎」といい、英語の頭文字をとってHPA系といいます。コルチゾールという副腎皮質から分泌されるホルモンは、短期的には、ストレスに抵抗するために炎症や免疫を抑える働きがありますが、長期的に分泌されると、副作用が目立つようになります。副腎ステロイドであるコルチゾールには、炎症や免疫を抑えるだけでなく、皮膚のバリア機能が低下するようになります。免疫細胞の働きにブレーキをかけるため、ブドウ球菌やヘルペスウイルスなどの感染症にもかかりやすくなるのです。
ストレスがかかると、ホルモン以外に自律神経もストレスへ反応して働きが強まります。
脳がストレスを感じると、無意識に交感神経が興奮し、副腎からアドレナリンに代表されるホルモンが分泌されます。アドレナリンは、体の隅々にある血管を収縮させ、血圧を上昇させ、心拍数を増加させます。また、血小板を凝集させて血液を固まりやすくし、胃や腸の粘膜、皮膚の血流を低下させます。他にも、体の筋肉の緊張が強まり、末梢の血液循環も悪化するなど、全身の細胞や臓器に影響が出るようになります。そして、皮膚の血液循環が悪化していくため、皮膚のバリア機能が低下してきます。バリア機能が低下すると、肌は乾燥しやすくなり外からの刺激に弱くなるだけでなく、かゆみ過敏になり、肌をかき壊しやすくなり、アトピーは悪化していくのです。
アトピー症状やかゆみがひどく、夜寝られないほど辛い時は、薬の助けをかりてアトピー症状を抑えていくことは大切なことです。しかし、薬を使って一時的に症状を抑えていても、アトピーとの付き合いは長期戦になることが多いため、長期にわたって薬を使っていかなければならなくなることがほとんどです。また薬を使わないと炎症の治ったいい皮膚の状態を維持することができないので、薬を手放すこともできなくなります。長期間使い続けると、薬のマイナス面である副作用の心配も必要になってきます。
一方で、体に備わる皮膚を治す力を引き出していくことができたら、薬に頼らないでも辛いアトピーを克服していくことができます。また薬を使っていたとしても薬の効きが良くなっていくため、肌の炎症やかゆみが治るようになり、薬の強さを弱くし、使う量を減らしていくこともできます。
人間には、もともと健康的で丈夫な皮膚を作る働きが備わり、維持していく働きがあります。しかし、アトピーで悩んでいる方の皮膚の状態は、本来備わっているはずの皮膚を治していく働きが低下しているため、辛いかゆみや皮膚炎の症状が起きているのです。また、生きている以上、周囲の環境面から絶え間なく襲ってくるストレスを避けることはできず、さまざまなストレスにより丈夫で健康的な皮膚を作る働きにブレーキがかけられることになります。そして、皮膚を治す働きが低下していくと、皮膚のバリア機能の低下を引き起こし、かゆみ過敏な状態になると皮膚をかき壊してしまうようになり、アトピーの炎症はさらにひどくなっていきます。
そのため、アトピーを悪化させる原因となるストレス対策を行なっていくことが必要なのです。具体的には、ストレスを溜めない、リラックスする、ストレッチをする、睡眠時間を確保する、適度な運動をするなど生活習慣の中で取り組めるセルフケアは色々あります。しかし、セルフケアの限界もあります。特に強いかゆみがありアトピーの調子が悪い時は効果が期待できません。
ストレスに対する治療として、自律訓練法やマインドフルネスなどの心理療法によるアプローチもありますが、ストレスによって緊張した筋緊張の改善していくことにより、ストレスを減らしストレスケアができることが最先端の研究でわかってきています(臨床データはこちらから)。筋緊張の改善によって骨格アライメントは整い、骨格の中から出ている神経系統の働きも整っていくことで、体にもともと備わる治癒力の働きが改善していくからです。そして、首の緊張の改善によってストレスは改善し、薬に頼らなくてもアトピーの症状は良くなっていきます。
アトピーを克服していくためには、炎症を抑えるステロイドや新薬を使うか使わないかに関わらず、心理的なストレスを含めたストレス対策をしていくことも辛い症状や病を克服していくために大切になるというのが当院の考えです。